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小谷真生子さんインタビュー

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<<   作成日時 : 2011/05/15 16:55   >>
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 小谷真生子,自分の生い立ちとジャーナリズムについて語る
 テレビ東京『ワールドビジネスサテライト』キャスター
対談: 佐々木かをり
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佐々木 今日は有難うございます。でもどうしたらいいでしょう。インタビューのプロにインタビューするっていうのは。
小谷 私、プロではないですよ。それに逆にインタビューされると、後で「こう答えればよかった」というのはいつもあります。
 佐々木 あるでしょう? だから今日は小谷さんのインタビューや取材の術も伺いたいんですけれど、まずはWBS(テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」)のことから。そのあと、少しバック・グラウンドに戻ったり、プライベートなところのお話も伺いたいので、よろしくお願いします。WBSのキャスターになられたのが98年だから、もう……。
 小谷 13年。
 佐々木 13年ですか。もう当然、番組の顔で、逆に小谷さん以外は考えられない。
 小谷 私は小池百合子さんのイメージが、いまだに強いんです。
 佐々木 それはないかな。もう、ないですね。13年もたつと。
 小谷 でも日々のことだから、私はもう俯瞰で見られない。当事者だし、毎日、日々のこととして一生懸命こなすだけだから、どう見られているか、には全然意識がいっていない。だから周りからは「そういうのも少しは自覚してください」っていうふうに言われます……。
 佐々木 どういう自覚?
 小谷 テレビに出ているんだ、という自覚。
 佐々木 ああそうか。ないはずもないけれど、でも、そのあたりがいいところなんじゃないかな。私はプライベートでもお付き合いさせていただいている中で、そこが魅力だと思ってます。テレビに出ている方でもいろんなタイプの方がいて、番組が終わると全然別人のようになる人もいれば、本当にそのままという人もいるんだけど、私はどちらかと言うと、変わらない後者の方がプロだと思っていてね。小谷さんは、その裏表ないところが魅力。だって、番組に出たときだけ気張っているのでは、視聴者も、その違いや差に、いつか気がつくわけじゃない?
 小谷 テレビって、自分の体調、精神状態、あるいは性格も含めて、全部さらけ出さざるを得ない。分かってしまう。それに今は視聴者の皆さんのほうが目が肥えておられるから、取り繕ったりしても、わかってしまいます。
テレビは普段の生活には無い緊張感があります。「素」のままの自分で、テレビに出るとなると照れが出ちゃうんですね。だから、照れができるだけ出ないようにだけはしています。普段は、そんなにアウトゴーイングなほうではないし。そういうのは全部かをりさんが知っているから、言いにくいんだけれど。
 佐々木 特に一般のニュース番組と違ってWBSの場合は、実業界というかビジネス界の、毎日リアルに働いている人達に絡むニュースじゃないですか。だから小谷さんが、生身の、そのままの人として、ちゃんとメッセージを伝えているっていうのが魅力なんじゃないか、と。他の人にはできない理由もそれだと思うの。
 小谷 私も一番初めの頃は、経済って難しいだろうな、と。で、確かに、竹中先生の御著書を拝読しても、数式がいっぱい出てきて難しい。本当に専門的に経済を勉強しようと思えば、もう限りなく難しい世界に入っていくわけですよ。でも実際に番組を始めて、初期の頃に分かったのは、同じ経済の中でも皆それぞれ分野がある。マクロもあればミクロもあるし、金融もあれば、そうでないものもある。だから、答えがあるようでいて、ないんですね。
その中で自分の役割は何かっていうと、それを自分自身が噛み砕いて分かるように持っていかないといけない。その作業の工程が、もしかすると視聴者の皆さんには共感を得ていただけるのかな、と思ったことが始まりですよね。経済を動かしている人達も、生身の人間ですから。結構、人って難しい話でも、とっつきやすいところから入っていくと……。
 佐々木 開いてくれる?
 小谷 ものすごく。自分の可能性、脳を活性化させる部分が、ぱっと開ける。すると、「なるほど。今まで私も知らなかった世界だけれど、意外とおもしろいな」っていうふうになるのではないか、と感じます。だからその人の人間性から入っていったり、あまり堅苦しくないところから入っていったほうが、意外と経済が身近になるんじゃないかな、というふうに思ったんです。今もそれはあまり変わらないかしらね。
 航空会社に入った目的っていうのが
佐々木 そもそも、フライトアテンダントからテレビの世界に入ってっていうのは、どんなことを志望して?
 小谷 航空会社に入った目的っていうのが、「お給料を貰いながら、いろんな世界を見ることができる」と。で、中国と、当時のソビエトのビザを期間限定で手にすることができて、休みになるとモスクワか北京に行っていたんですよ。
 佐々木 もう、目的が明確だったんだ。
 小谷 で、4年したら辞めよう、と。ジャーナリズムに行こうと考えていたの。学生からいきなりジャーナリズムは厳しいだろうと思って、それで、いろんな国を見たかった。で、37都市を……。
 佐々木 そんな人に日本航空は、やられちゃったわけだ。
 小谷 すみません。「ごめんなさい」って言わないとね。それで、NHKの衛星第1放送で、一つの枠があったから、「これだ」と思って……。
 佐々木 で、応募したのね。じゃあ、もう本当に準備して、決めて、ジャーナリズムの世界に入った。勉強もし続けたし、飛行機代がタダで、いろいろな国を見られて、行かれないところにも行かれて、会えない人にも会えたり。偉いですね。私、そういうこと、考えもしないで生きてきたから。行き当たりばったりの人生で……。
 小谷 嘘ばっかり。すごいですよ、20代で起業するなんて、なかなかできないと思う。
 佐々木 それは偶然なので。「起業」っていう言葉がなかったんですよ。
 小谷 でも「会社をおこす」っていう言葉はあったでしょ?
 佐々木 「会社を作る」っていう程度。それで小谷さんは世界各地を見た。
 小谷 たとえば、当時モスクワに行ったのが、クーデターの後で、そのときにゴルバチョフさんの右腕だった外務大臣のシュワルナゼさんにお会いしたりね。
 佐々木 どうしてお会いしたの?
 小谷 ホワイトハウスにいれてもらえたので、取材まがいのことをしていましたね。当時、自分で文章を書いたりして。別にそれをどこに出すでもなく。映像より、どちらかというと活字に憧れていたかな。
 佐々木 それで、2,560時間フライトをした。
 小谷 はい。37都市行きました。
 佐々木 その後、予定通りジャーナリズムの道で、NHK。
 小谷 まずは衛星第1放送で「日本列島ふるさと発」を担当しました。これが当時、画期的だったのは、地方のニュース、たとえば東京にいたら北海道のニュースが見られない。だからそれを一度東京に全部集約して、編集して、それを夕方、東京からまた全国ネットで出す。おもしろかったですよね。
 中継をしたり。頭と終わりの原稿は30秒なんだけれど、それを自分で取材して原稿を書いて、それにデスクが赤を入れてくれて。毎日「今日は何のネタを話そうか」ってね。
それをやっていたら、今度は国谷さんがやっていらした「ワールド・リポート」っていう番組を引き継ぐことになって、「日本列島・ふるさと発」と同時並行で担当しました。それはイギリスのBBCやアメリカのABCのドキュメンタリーを買って、編集をして、それに付随する日本の情報をスタジオで補足して、ドキュメンタリーを見ていただく、という番組。
 佐々木 私がやっていた「CBSドキュメント」みたいなタイプですね。
 小谷 そう。テーマが似ている違う国のドキュメンタリーを、一つの括りにして放送したり。そうした変化球もおもしろかった。従軍慰安婦絡みの映画を作った韓国人の監督とスタジオトークして、それを編集して放送したり。結構、初めから、自分がおもしろいと思う仕事に携わらせてもらって……。その後、総合ニュース、地上波に行ったんです。そこでは生放送のルーチンワークに加えて、民放局とは違った生中継も経験して。
 佐々木 そして、98年の4月にWBSのキャスターを始められたわけで、その直前が……。
 小谷 ニュースステーションです。かをりさんと同じです。
 佐々木 そうですよね。ニュース全体をやっていた立場からすると、経済番組を引き受けるときの覚悟って、いりますよね。
 小谷 いりますよ。専門化するわけでしょう?
 総合ニュース、ジェネラルニュースであれば、社会、国際、経済、政治と、ありとあらゆるものを担当する。たとえば「今日は社会ニュースのこれ」「明日は国際ニュースのこれ」と。日々、浅く広い知識を常に持ち合わせないといけない。あるいは、放送前日や当日に勉強しなければならない。
だけど経済ひとつに絞って、視点を定めてそこから、国際、政治関連のニュースを追っていくと違った景色が見えてくる。
それに日々の少しずつの変化を総合して、3ヵ月でこうなった、半年でこうなったということの深掘りが経済ニュースは面白い。
 各局、ニュース番組はそれぞれ特色があり、違う。それはお互いのことを模倣しようとしてもできないんです。
 志がお互い全然違いますから。それに、模倣するようになったら志は無くなったも同然だと思います。
 佐々木 いつからジャーナリストを考え始めたんですか。あるいは「ジャーナリストとは何ぞや」みたいなことを考えるようになったのは、いつ。
 小谷 矛盾をいっぱい感じたのが、学生の頃にアメリカにいたときですね。メンタリーにハンディキャップのある人たちと近くの大学のキャンパスで土日過ごしてました。ボランティアをしたんですね。一緒にキャンプをしたり、バスケットボールをしたり、料理を食べたり。でも、あるときボランティアをしていた女性が暴行を加えられました。
ボランティアのスタッフは「助けよう」っていう気持ちで参加していたにもかかわらず。でも、「助けよう」という気持ちではダメだと悟りました。つまり、健常者と同じようにして向き合わないといけない。そういうことに対して、大学は場所を貸して、ボランティアを募っているけれども、もっと他にやり方があるのではないか、自分が学生の間に、もっと違う角度からの活動を通して何かできることはないか、と思いました。そして個人の力では限界がある、と。点はどこまでいっても点である、と感じて。そこで、メディアであれば、「面」でいろいろ伝えることができて、世の中をいい方向に動かすことができるのではないかしら、と思ったのがきっかけ。
 佐々木 アメリカということは、高校生ってことでしょう?
 小谷 高校のときですね。でもそれは、ぼんやりとですよ。だから即、行動にうつすといった行動力があったわけではないから。何となく、自分が将来したいことは、そちらの方向かなっていう感じ。
 佐々木 でも、高校のときに思った、いろんな社会の政策や課題に対して、報道番組、ジャーナリストとして解決したり、「面」で伝えていきたいと思ったなら、経済に特化したWBSを引き受けることは、かなり分野が狭くなって深掘りになるという迷いはなかったですか。
 小谷 今は分からないけれども、昔は、ジェネラルニュースっていうのは国際ニュースや社会ニュースが正規ニュースという扱いでした。経済は、ちょっと脇に置いておいてっていう扱いが多かったように思います。でも経済ニュースって実際には、普段の生活の中で、もしかすると政治よりも皆さんに身近かもしれない、というふうに感じ始めて。現在は大いに「面」を感じています。
 佐々木 その通りだけれど、でも、それはやり始めてからですよね?
 小谷 そう。始める前は、自分にできるだろうか、と。今まで総合ニュースの方がずっとメインの仕事だったから、ニュースを扱うカテゴリーとして、経済を「面」で伝えられるかしら、と不安でした。でも、やるだけやってみてダメだったら、そのときは、そのときで考えようという気持ちで始めました。その代わり相当勉強しないといけないだろうな、と。
 佐々木 最初は何から勉強したんですか?
 小谷 始めは兜町に行くなどして、金融からでした。NHKでも、マーケットの番組を担当させていただきました。その日の東証での取引が終わったら「今日の終値はこうでした」と伝える番組。ですから、兜町に通って、株価の動きなどの背景について証券会社の人に話を聞いたりするところから始めました。
マクロ経済については、コメンテーターの先生方など識者にお電話をして「これは、どういうことでしょうか?」って。当時はインターネットがなかったので、新聞や通信社の情報を毎日フォローアップして、自分でノートを作って、の繰り返しでした。
 佐々木 今の「お電話をして」という発言を聞いてもそうだし、いつも番組を見ていても思うのは、小谷さんの人柄ですごく番組が強くなっている、ということなんです。「人柄」っていうのが相応しい表現でしょうか。経済界の人とちゃんとつながっていて、あるいはコメンテーターの人ともちゃんと信頼関係があって、そこに主体性もあるし信頼があるっていう感じがすごくする。
 小谷 します? 本当? 嬉しい。
 佐々木 もちろんです。ゲストの経営者の方々も、それこそ番組に出ていることを少し忘れているように小谷さんとしゃべっている。そこが番組にとっても財産だし、たぶん小谷さんにとっても財産というか強みだな、と思って。引きつけたり、信頼されたりっていうのは元々の持って生まれた魅力もあるんだと思うけれども、もちろん努力がある。
 小谷 きちんとした気持ちでメディアに携わらないと、結果として、意図しなくとも人を傷つけたり、おとしめてしまったり、ということが往々にして起きてしまうと思います。WBSを始めた当初、エクスクルーシブな情報を取りにいく場合に、相手との信頼関係があるからこそ信頼してしゃべってくれている。ということは、情報の内容以外のいきさつは外には言えない。となると、会社の電話を使えないわけです。会社の電話は全部履歴が残るから。自腹を切って、自分の電話で話を聞く。絶対にいきさつが分からないように。でも、決して他の人を追い落とすための情報ではなくて、その情報で悲しむ人がいない、ということが重要。世の中が、人々の生活が、より良くなることに繋がる情報を、先行してWBSで流してもよろしいですか、という了解を得て出す。メディアというのは本来そういう形であるべきだと思っています。WBS初期の頃に一生懸命そういうことをしていたのと、あとは、余分に得た情報の数々は絶対にもらさないというか、それは墓場まで持っていく。別に他の人に言う必要はないわけだし。そうするのは、まず鉄則中の鉄則だから。それをもってして支持していただけるんであれば、それはとても嬉しいですよね。かをりさんも、そうでしょう?
 佐々木 そうですね。確かに、表に出ない重要な情報を伺うこともあるけれど、どのような許可を得て、どのタイミングで言っていいのかは、とても難しい。その上小谷さんの場合は、経済界の方から「ちょっと、小谷さん」って言って、耳打ちで「これ、こうなんだよ」っていうときもあるだろうし、電話で「実はこうなんだよ」ってかかってくるだろうし。向こうも「秘密裏に」って言いながらも、でもこれは小谷さんに知っていてもらってコメントをしてほしいとか、たぶんありますよね。
 小谷 選択肢としてはいくつかあります。知りえた情報を「こういう説もありますが……」というふうに口頭で、一部の見解として番組内で伝えることもあります。あるいは会見をするような場合には事前にWBSで出せないか検討していただくという方法もあります。ただ、先方にとっての心地よいタイミングというのもあるでしょうし、結果として番組にとってもよければなお良いわけで。対企業、あるいは、対企業人としての個との事前のお話がとても大事ですね。
では、まずその情報を得たときに、これはどういうかたちで伝えるのが国民にとって有益なんだろうか、ということを考えます。どのように番組で出すのが一番良いのか、と。情報は一つ取り扱い方を間違うと、世の中を不幸に導きかねない、戦争勃発に導きかねない、というのが以前の私の戦争を取材したときの思いです。戦争当事者たちの周辺国メディアが、負のバイアスがかかった情報を発信したことにより戦争は激化しました。そのように「情報を操作」するのではなく、情報を扱うプロは「情報を精査」せねばならない。
 佐々木 どのタイミングで、どう出すと、この情報がプラスに働くかってことですね。
 小谷 そう。メディアは、そもそも世の中を幸せにするためになければならないから。
 佐々木 そうです。全面的に同意します。
 小谷 でもメディアが、悪のように言われているのは、理解できる。それは、今多くのメディアが人々の不幸をあおる存在だから。で、自分は人々の幸せを追い求めるメディアでありたい。分かります?
 佐々木 分かります。
 小谷 既存のメディアの中には、目にするにつけ「それは違うでしょ」と自分の中に反骨精神が湧き起こる。その気持ちは貫こうと思っています。敵を作ろうがかまわず、貫く気持ちにブレはありません。
 佐々木 それもわかります。強いものね。
 小谷 図太いし、鈍感なんでしょうね。何だか、話がどんどん飛んじゃうわね。ごめんなさいね。
 佐々木 ううん、おもしろいな、と。それって、やっぱりNHKにいらしたお父様の教えが大きいですか? お父様には、少しお会いしたことがありますけれども大変立派な方で。
 小谷 アメリカの高校から帰ってきたときに、父の教育方針で、大学は「京都か奈良にしなさい」と。それは「日本人なら、日本の古い都を知っておくことが非常に重要である」、「東京より古都」という方針があって。
 佐々木 そこでは何か日本文化を学ばれた?
 小谷 どうかしらね。たとえば、かをりさんは本格的な通訳というお仕事をしてらしたわけだけれども、そこまで本格的ではなくて。京都のお寺を英語でガイドしたり、広島と長崎の市長会議での通訳のアルバイトをしたり、子供たちに英語を教えたり。
 結果として京都の空気を観光客としてではなく、土着する形で自分の中に取り込んだというのは、おそらく潜在的に自分の中に生きていて、きっともっと年輪を重ねると自分の中で、古都で過ごして得た何かが顕在化してくるのだと思います。
 両親には感謝しています。両親ともに、とても愛情深い人なので、人間的に尊敬しています。両親からの影響は、とても大きいと思います。
 佐々木 習い事などもされていた?
 小谷 バレエ習ったけど。
 佐々木 それは小学生のときですか?
 小谷 いえ、もっと小さいときから。でも、今はもう体が固くて。「いつバレエをしてたの?」っていうような体です。
 佐々木 ほかには何を?
 小谷 ピアノもものにならなかったわね。
 佐々木 お習字とか、お茶とかも?
 小谷 一通りトライはしてみました。
それはさておき。私、どちらかというと。サバサバしているじゃない?
 佐々木 そうね。「どちらかというと」っていうのは必要ないぐらいサバサバしている。だから気が合うんだと思うんだけど。
 小谷 そう? いや、気が合うのは分かっているけれど、サバサバしているから合うというのに加えて、お互いたくましく生きようとしている点が似ている気がする。私、3月4日生まれ。 予定日は3月3日に生まれるはずだったの。昔は、現代のように超音波で見て、男の子、女の子の性別が事前には分からないから3月3日ひなまつりの午前0時を過ぎたあたりで、「これは男の子かもしれない」って。もちろんそれは冗談だけれども、結構、自立心を自分で常に意識していたような気がする。
 佐々木 でも、京都や奈良を学びなさい、という日本の伝統や、お習字やお茶をきちんと、というような、日本女性のたしなみを教えている一方で、非常に独立した、「出過ぎれば釘も打たれない」みたいな強いところもある。両方教えられたっていうことですね。
 小谷 そうね。精神的に強くあれということは、よく言われました。
 佐々木 それは、どういうことでしょう。
 小谷 私、若いときは結構くよくよするタイプだったの。きっと、だからでしょうね。でも今では考えられないでしょう?本質は強いのだと思います。 10代後半も、あまり友達と群れるタイプでもなく……。分かっていただけます?
 佐々木 それは分かります。私も全然群れないです。
 小谷 よく女の子どうしで、「一緒にお弁当を食べましょう」「一緒にお化粧室に行きましょう」って同じ行動をとりましょう、というのが、ものすごく苦手で……。「一人で行けばいいのに。なぜ一人で行かないの?」って思ってた。だから、悩み事があっても友達に相談して分かち合うというような行動パターンは皆無。いつも一人が気楽だった。社会に出てから、一人でめそめそ考えるような時代もあったけれども、それを通り越したら、何だか異様に強くなってしまったの。不思議ね。実は、女性はもともとたくましさを内包している。表面に出すのは日本では美徳ではないという暗黙のルールのようなものがあるけれど、変わってゆく気がします。これからの時代はどんどん社会がボーダーレスになってゆくから、女性男性問わず、たくましさも表現が必要な時代に入りつつあるのかもしれない。今までのように、「男性を陰で支えて」というような生き方を貫きたくても、生活環境が、情勢が、それを許さないかもしれない。その辺は男性のマインドとの調整が難しいとは思うけれども、でも、やっぱりこれからの女性はある程度のたくましさをもって生きていかないといけないでしょう。しなやかに、たくましく。
 佐々木 そういう意味では、皆の憧れですね。第14回の国際女性ビジネス会議に飛び入りでご登場いただいたときも、会場から悲鳴が上がりましたものね。「キャーッ! 小谷さん」って。多くの女性たちの憧れだと思います。会場からあれだけ歓声が上がったスピーカーは今までいませんでしたからね。
 小谷 本当? 私、あの時は自分のしゃべることで、頭がいっぱいで……。
 佐々木 ちょっと番組のことに戻すと、番組を13年動かして経済の変化を見ている小谷さんから見て、2011年、2012年、日本はどうですか? 日本の経済を見ていて。
 小谷 今の日本が致命的なのは、決定に至るまでと、他のあらゆるプロセスのスピードが全般に遅すぎることと、危機感のなさだと思います。一般的に、人間、危機感があれば焦って、対処の仕方にもスピードが出てくると思うのですが、今の日本には欠けています。政治・政策が産業界とコラボできていない、と感じます。コラボできたとしてもスピードが遅い。この感覚はバブル崩壊から多くの人が感じてきたものだとは思いますが、最近、まわりの国が猛烈な勢いで追い上げてきているので、正直ここ1~2年、内心焦燥感があります。中国、韓国のスピードは、恐るべきはやさです。政治、企業の動き、決定から行動にうつすまでのはやいこと。特にここ1年でそのスピードに磨きがかかっています。ある識者がこう仰いました。「日本はゆで蛙だ。完全にゆで上がって命つきないと日本という国は危機を感じられないんだ」と。
また、ある企業経営者はこう仰いました。「グローバル市場で他の国の民間企業と闘うにしても、現状のままでは日本企業は不利な条件で闘っている。環境整備ができていない」或いは「規制でがんじがらめにされて企業はスピード感を出したくとも出せずにいる。日本の成長のための政策が、絵にかいた餅になっていてなんら、現場と連動していない」現場の皆さんの声を聞くにつけ、「今」変えれば日本にもスピードが出るのに、なぜ?と思います。官民の連携を韓国や中国のようにできれば、日本は再びスピード感をとり戻して活気が出てくると思う。
 仕込んでから時間がたたないと結果はでないから、「現状に安穏とせず、今できることからどんどんやっていけば」、2年後の日本から見える5年後や10年後の日本に希望が見えてくるかもしれません。
 希望が見えれば、負の話にも皆、耳を傾けてくれる。負担ばかりをいえば、希望がなくなります。「希望の青写真」が今の日本には無いのが一番の大きな問題だと思います。
 「先行き不安」「先行き不透明感」は国のベクトルをさしていて「国の先行きが定まっていないから不安」「将来の日本と、自分の生活とを照らし合わせた将来像が見えないから不安」と同義語なのでしょう。
 佐々木 経済界の方々とお話すれば、彼らがいかに正しく仕事をしようとして、いかに工夫をして、努力をして、開発をしているかっていうのは、実感があるんでしょうね。
 小谷 法人税の減税も対応がおそいと思います。1年前あるいはもっと前に減税しておくべきだった。財源は間接的に国民からうすくとるとしても、お給料が下がらなければその方がよほどよかったのではないでしょうか。企業が皆、自助努力でキャッシュを貯め込んで、国外投資にふりむけようとしています。国内投資ではなく、海外に投資する機会を窺いながら、です。今となっては、法人税の減税よりも投資減税だ、という識者もいらっしゃいます。貯めたキャッシュを国内に投資するための政策として有効かもしれないと。政治がもっと早い段階で産業界に向いていたら、国民の皆さんの生活は今よりもっと楽になったかもしれない。会社からのお給料が減れば、だれでも家計を締めるわけですから。悪循環です。
 佐々木 どうして政治が実体とずれちゃうんでしょう? どうしたらいいんでしょう、日本は。
 小谷 基本的に官僚は優秀な方が多いと思います。でも同じ案件を違う省庁が扱っている。「何が国益か」という観点を省庁別でみると、必ずしも一致しない。というよりぶつかりあう。政治家は大臣クラスもそのことに翻弄されている。時間が無駄に過ぎてゆく。「コップの中の嵐」のようなものが政治にはあまりにも多くて、しかもドメステイック。「大所高所」のグローバルな視点から日本を客観視して、それをリードできるだけの人材が出てこないかしら。独断にも近いリーダーシップが今の日本には必要なのでは。
 佐々木 番組のインタビューだったり取材だったりで特に印象に残っているものってどんなものがありますか?
 小谷 いっぱいあります。昨年末、韓国から番組をお伝えしましたが、そのときは韓国の、いわゆる経団連、経済団体の専務の方が生出演して下さいました。サムスンやLG電子が日本の家電メーカーを追い抜いて世界トップになったことを受けて色々とお話をうかがいました。
 韓国は、97~8年の金融危機ではIMFも介入しました。その際、韓国国民の多くが国を救うためと、家庭にある金(きん)を差し出しました。「あのときがあったからこそ今がある」と仰って。だから10年ほどでこれだけ盛り返した。もちろん韓国の場合はどの業種も同業他社が少ないから、国内で疲弊するような競争がないということもあります。日本の場合は国内での競争は同業他社が多いので大変です。その上、海外の同業他社とも闘うエネルギーを振り向けなければならないのは二重の苦労が常についてまわるようなものです。
 佐々木 それから、韓国は経済界がワンジェネレーション若返ったことが大きいですよね。一気に若返って、さらに多くが、アイビー・リーガーで世界ネットワークを持っている。
 小谷 会社のタクティックスのために、たとえばスタンフォードなど一流大学の教授がボードメンバーになっていたりするの。要するに企業経営に参画してもらっているんです。世界経済の動きをエキスパートに分析してもらい、その動向の中で一韓国企業としてどういう戦略で動くのがもっとも合理的で利益を得られるか、綿密に分析してからでないとアクションを起こさない。でもアクションは早い。日本でも、欧米の識者にアドバイスをもらうことはあっても、更なるコミットメントは日本の場合なぜかうまく根付かないと聞きました。企業は、戦略をグローバルに展開する際に、ブレーンもグローバルな人材を入れた方がこれからはうまくいくのではないでしょうか。日本は意外にドメスティックだから。それから、勢いのある韓国企業のCEOはオーナーでもある。オーナー経営者は遠慮する必要が無いので決断が早い。
 佐々木 確かに日本はまだ、社外役員は必要か否かなどという議論があるくらいだし、開いている企業でも、女性の社外役員を入れるか、入れないかとか、そういう状態ですから。それに、経営者がいくら英語ができるって言っても、経営会議を全部英語でできるところがあるかっていうと少ないですし、年々経営者が若くなっていると言っても韓国ほどではないですよね。
 小谷 韓国企業の海外展開は大胆でスピーディ。ある企業は、社内デザイナーを5~600人抱えていて、それぞれに作品を国際コンペに出させます。優勝した人間は昇給もすれば、昇格もする。以前はデザイン部門で幹部になった人間はいなかったのが、今は士気が高まりデザイナーも結果を出すようになったので、どんどん昇格させているそうです。
マインド変革というのは本当に大切ですね。韓国の気付きは、今、韓国製品を通して感じるものがあります。きっと、ある時点で価値観の変革を迫られ、それを実行に移した結果なのでしょう。世界の舞台で競争させる商品を完成させる前段階の、「人財」をどう創り上げるかに韓国企業は今、商品に対してと同じ位、注力しています。「人材が企業の成長のベースである」そして「企業の成長は国力のベース」ということを韓国はいち早く気付き、実践している印象を持ちました。人材の発掘、育成の方法も、活躍する舞台は韓国国内ではなく、世界で、ということでした。
 佐々木 本当の意味でのダイバーシティーということですね。ダイバーシティとは、経営の様々なプロセスで多様な視点が反映された決定をしていく、ということ。会議の写真を撮ったら今までと違い女性や外国人が写っているという話じゃなくて、その商品を決定するとか、売り方を考えるとか、マーケティング手法を考えるなどの全部のプロセスに多様な考えが入ったほうが、実は儲かりますよ、という話です。
 小谷 そう。今、同じアジア圏の企業がそう動き始めている。国籍もジェンダーも段々関係ない時代になりつつあるのでしょうね。日本人は合理的な面もあるのに、閉鎖的な面の方が今はまだ勝っている気がします。それでなんとか、しのいでいければ良いのですが。これまでの日本の良い面でもあったウェットな面と同じくらい将来的には、ドライな面も持ち合わせていかざるをえないと感じます。そうしないと日本の外に出て、他国の人たちとのコミュニケーションがなかなかうまくいかないのでは。「割り切れないし、不安だから守りに入る」という対外的な姿勢から「割り切って、日本の外と交流する」になっていくのではないでしょうか。そうしていかなければ、日本の成長は頭打ちしてしまう気がしています。東南アジア諸国は随分前から、日本がアジア圏をとりまとめてくれるであろうと期待していたそうなのですが、今はその期待もあまりされていないそうです。もう少し早く日本が外に目を向け、行動を起こしておくべきだったのかもしれません。
 佐々木 確かに、ダイバーシティーと女性活用は違うのに、そう思っている会社も日本にはまだいっぱいいる。でも、おもしろいなあ。韓国の取材がおもしろかったっていうのは、内容もおもしろかったし、日本との関連性を考える上でもおもしろかったんだろうけど、いろいろ引き出せるというのは、小谷さんの取材術が、この13年の間に長けてきているんだと思うんですけど。
 小谷 ないわよ。取材術なんてないですよ。
 佐々木 あるでしょう。一目会うと好きになっちゃうから皆が心を開くとか。そういうことは他の人は学びようもない術なんだけど、他の人が真似できる術もありますか? 取材やインタビューで気をつけていることとか、勉強法とか……。
 小谷 それはかをりさんも精通している部分があると思うけれど、メディアの人間が持つ特有の腹黒さみたいなものを一切払拭する。つまり、本当に聞きたい、と思うことだけを率直に聞く。聞かれたくないことって、人間皆誰しもあります。たとえば、不祥事があった、製品のリコールがあったなど。そういったことについては「私は仕事上、どうしても伺わねばなりません」「そういうことも伺わざるをえません」といったんカメラを切って伺う。「答えたくなければ、答えないで下さい」とも言います。でも今、会社がそのことについて言及することは、方向性を打ち出す意味ではいいチャンスでもあるから「もしも言葉を選んでお話いただけるのであれば、是非お答えください」と。
 「姑息な手法を使って聞く」もしくは「聞いたと仮定して、あとで勝手に想像で脚色する」などという方法は、一部のマスコミの常套手段ですが、よくないと思うので、聞きたいことを率直に聞くだけです。
 佐々木 そうですね。自分が聞くことによって相手のプラスになるっていうところにずっと徹しているのが、良い取材ができる一番のポイントってことですね。つまり、こういう質問の方法があるとか、こういうスキルがあるっていううわべの話じゃなく、自分の内側をきれいにしなさい、志高く、いい仕事をしなさい、ということ。
 小谷 「この方がそれを発言することによって、何がどう影響して、さらにそれが世の中にとってどういう良い結果をもたらすのか」っていうところまで考えたら、それ以上わざわざ相手が聞かれたくないことを聞く必要はないわけですよ。
 佐々木 その通りです。
 小谷 番組もしくは媒体にとってのメリットもどこにあるのかを考えたら、むしろ「聞かれたくないことを聞く」というのは、後のちネガディブにしか作用しないと思うんですよね。そう考えて仕事をしてます。シンプルです。
 佐々木 でも、そこが強さなんでしょうね。
 小谷 そうなのかしら。
 佐々木 「強さ」っていう表現でいいのかわかりませんが、志というのか、自分が何のためにやっているかっていう、ミッションが明確なんですね。多くの、特に経済界のリーダーの方々とお会いになるわけですが、彼らは百戦錬磨でいろんな体験をしてきているから、人を見ても、どのぐらい腹を割っているかとかコミットメントがあるかも分かるわけだし。
 小谷 それはそう。分かるでしょう。
 佐々木 だから、上辺で繕わない取材姿勢が、日本を動かしているリーダー達には分かるんですね。
 小谷 日本人として、日本がよくなってほしいっていう気持ちがあるから。もう一度再生して、できればアジアのリーダー、リード権をとってほしい。
 佐々木 できますか? 日本。
 小谷 今、ギリギリのところ(?)と思いたいです。
 佐々木 何だか、私は、もう諦めそうですけれど。
 小谷 ギリギリだと思う。というより実は遅れている。アメリカと中国は、すでに水面下で、しっかり結ばれているでしょう。その間を日本はただフロートしているような状態。アジアの他の国々ではどうかというと、皆、結構日本に頼ろうとしていたのに、日本は頼りにならないと結局、中国や韓国に向いてしまっているでしょう。皆、なぜ危機感を持たないのかしら?と思う。焦って、「どうしたらいいんだろう? これを皆にどう伝えればいいんだろう?」って、日々思っています。
だから若者から自分の将来について「海外に行きたい。でも、今の仕事をどうしよう」と相談をされると、「行きなさい」って私は言ってます。「行って、また日本に帰ってきて。そうしたら、あなたは引く手あまたよ。あなたみたいな若い人がどんどん他の国に出て行って様々なことを吸収して、言語をツールとして習得して。そういう人間がこれからは重宝されるわよ。これからの時代、そういう人間があらゆる分野で求められるから」って。余計なことかしら。今いる会社にとっては短期的には損失かもしれないけど。
 佐々木 でも会社にとっては短期的にはマイナスに見えるかもしれないけれども、長期的にはプラスでしょう。
 小谷 そう。その人にとって魅力的なオファーを会社は数年後に出せばいいわけでしょう? 人材確保のためには、そういうタクティックスが企業サイドにもないといけない時代ではないでしょうか。
 佐々木 人材もグローバル化していますからね。
 佐々木 私は、イー・ウーマンという会社の代表ですが、あんまり女だ男だっていうタイプじゃないのですが。
 小谷 私達って、中性的と言えば中性的ですね。
 佐々木 あえて女性、ということも聞きたいんですけれど、テレビの業界の中でも、メインの女性は今も少ない。ビジネス界でも、やっぱりまだまだ女性は少ない。今まで、日本人ができることを話してきたんだけれど、私達ができることっていう中で、「女性」としては、どうでしょう。こういうふうにものを考えればいいのにとか、こんな活躍の機会があるよとか、それこそ、さっきのじゃないけど、海外に出るんだったら、一回出て、戻ってくるほうがいいんじゃないかとか。いろんなところで女性達にも会うだろうし。
 小谷 女性は結婚や出産で社会参画というカタチでの社会との接点が断絶してしまいがちです。でも、これからの時代、社会との接点は常に確保しておいたほうがいいですよね。最近、「人生の時間が足りない」「人生は長いようで短い」と思うことがよくあります。20代とか30代のときは、若さがあたり前のことと思っている。そこからもう少し年代が上になると、エネルギッシュにフル稼働できる、人間の一生の中における時間というのは、実は短いのではないか、と考えます。大卒で企業に就職した才能ある女性たちが結婚退職してしまうのはもったいない、と思います。これからの時代は、社会との接点をたつのではなく緩やかでもつながって、後々戻ることのできる社会の中での自分の居場所を作っておく必要があるのではないでしょうか。
 社会との接点を余儀なくされている、と感じていて本当は完全に家庭に入りたいと願う若い女性たちが多いとも聞きました。でも日本は、人口減少を受けて女性たちは子供を生み、育て、かつ労働人口の一員としても期待される時代に突入しました。大変ですが、活躍のチャンスは逃さず是非つかんでほしい、とそう思います。そして継続することが「人生のよろこび」であることを知って積極的に活躍の場に出てきてほしいですね。   

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今年のしだれ桜1

平成26年3月29日(土)
今年もしだれ桜が満開になった。
いつもは夜桜(トラックバック先)だが、
今回はとりあえず昼間バージョン。
イメージ 1
 イメージ 2
 
夜は夜で人が多いが、昼は昼でこれまた人がたくさん来ている。
前後の道幅は狭いので車が止まると結構混雑する。
無理やり路駐しようとする車もウロウロして挙動不審運転。
こんな所だからこそ自転車で来なきゃね。 
 
イメージ 3
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近日中に夜桜も見に行く予定。
それまで散らないでね~イメージ 7

今年初

イメージ 1

あち~(^o^;)

て訳で今年初のがりがり君。
すぐ隣にがりがり君ナポリタンがあったけど、手をつけず。

コーンポタージュからこっち、ソレ系が増えてない?

あ、パインは普通においしいです

しだれ桜

イメージ 1

満開です。
やっぱり一気に咲きました


明日の雨で散るかも…

淡路中止

どう見ても天気予報が改善する見込み無しですね。
残念ですが、今回の淡路は中止にしようと思います。
 
昨年も雨で中止にならなかったっけ??イメージ 1

2014年年間スケジュール

04月 06日 マキノツーリング(滋賀県)・・・雨で中止
     13日 伊吹山HC(岐阜県)イメージ 2
     27日 春の長良川クリテ(岐阜県)イメージ 2
 
05月 25日 美山サイクルロードレース(京都府)イメージ 3
     30日 黒潮ロードレース(和歌山県・三重県)~6月1日イメージ 4
 
06月 22日 おんたけHC(長野県)イメージ 4
     29日 ツールド美ヶ原(長野県)イメージ 4
 
07月  6日 はりちゅうロード(兵庫県)イメージ 4
     18日 エタップ(仏)~27日イメージ 4
 
08月 23日 シマノ鈴鹿ロード(三重県)~24日イメージ 4
 
09月 07日 全日本乗鞍HC(長野県)イメージ 4
     14日 四国カルストツーリング(高知・愛媛)イメージ 4
     21日 加太ツーリング(和歌山県)イメージ 4
 
10月 05日 大山ヒルクライム(鳥取県)イメージ 4
     12日 吉野川センチュリーラン(徳島県)イメージ 4
     19日 秋の淡路ツーリング(兵庫県)イメージ 4
     26日 秋のサイクリング(岡山県) イメージ 4
 
11月 02日 熊野古道ヒルクライム(和歌山県)イメージ 4
     09日 姫路城ポタリング(兵庫県)…中止
     23日 川湯ツーリング(和歌山県イメージ 4
 
12月 07日 冬の長良川クリテ(岐阜県) イメージ 4
 
2015年
 1月   1日 元旦ツーリング(大阪府)
    3~4日 新春ツーリング(徳島県)
 2月 7~8日 第2回サクルデイin熊野(三重県)
 4月  12日  イメージ 1
伊吹山ヒルクライム(岐阜県)

やっても~た…

まさかの乗鞍ヒルクライム、当選しちゃいました…(((゜д゜;)))

8月23~24日鈴鹿
9月7日乗鞍
9月13~15日TDH

今年の夏は忙しくなるぞ…

あのう梅林花見ツーリング2014-2(2)

イメージ 1
yacyuさんと合流後は、五條の豚珍館(中華料理)へ。
床がスケートリンクのように滑るのだが、
やまさんの靴はSPD用。さすがに滑らないようだった。
 
イメージ 2
 
 
 
 
 
 
昼食後は帰路へ。
紀見峠を通って帰る予定だったが、せっかくなので走った事のないルートという事で裏鍋へ。
 
九度山で真田庵にちらっと立ち寄り、
あとは向かい風の中をひた走り。
華岡青洲の実家は時間の都合でパス。
 
イメージ 3
裏鍋の手前のファミマで最後の休憩。
きな粉ジュースを飲んだのはここ。
 
登りに入ると横やんが抜けだし、続いて
やまさんが・・・イメージ 4
 
最初のうちはついて行けたのだが、
途中からじわじわ離され視界から消えてしまった。一眼レフやらウェアやらが入ったリュックを背負っていたのに・・・orz。
 
気温が低く峠で待つには寒すぎたのでyacyuさんを残して先に下山。
夕暮れ時になり、帰る時間が迫っていたので
横やんさんにyacyuさん合流を依頼し、先にお別れ。
 
咲いていなかったけど、しだれ桜の前を通って道の駅まで。
予定より1時間ほど遅れて帰ってきた。
最後の方は気温も下がり結構寒かった。
 
徳島に比べて、どこを走っても車が走っていて
ストレスだったと思われるが、要所要所では
楽しんでもらえたかなと。
 
遠くからお越しいただきありがとうございました(^^ゞ
また参加頂いた横やんさん、yacyuさんありがとうございました。
また来年~(^.^)/~~~

あのう梅林花見ツーリング2014-2(1)

イメージ 2
平成26年3月23日(日)
先週に続き、今週もあのう梅林ツーリングに行ってきた。(奈良県五條市)
ま~し~さんとやまさんが来阪されるという事で気合いも入る。
 
残念ながら花吉野クリテと重なり、チームメイトはほとんどレースの方へ行ってしまっていたが、こればっかりは仕方ない。
花の満開のタイミングなんてそうそう読めるもんでもないしね。
 
7時過ぎにはすでに道の駅に来て頂いていたようでかなり早めのご到着
イメージ 1
 
イメージ 3
 
まさかそんな時間に来られるとは思っておらず急ぎに急いで8時過ぎ合流。おはようございま~す(^^ゞ
 
集合するコンビニにはチームメイトのyacyuさんが来られていたが「私、遅いので先行しておきます」との事。
 
自分が速い事を認識していないので困ったもんだ。30分くらい先行されたので、
結局梅林を見終わるまで合流する事ができなかった。
30分早く出発した分だけ、こちらより30分早く現地についたようだ。
 イメージ 4
8時半にコンビニに来て頂けたのはチームメイトの横やんさん。
登坂がめっぽう速いのだが、HCはさほど興味がないようで。
 
結局4名で梅林まで行くことに。
 
皆さん走力高いので、何の心配もせずマイペースで走る。
 
車の多い区間はサクッと飛ばし、のんびり区間はゆっくり目で。
 
五條には予定通り11時少し前に到着。コンビニ休憩をはさみ、
あのう梅林まで車の来ないハズの道を走る。
来ないハズなのだが、この日はちょくちょく車が来た…イメージ 5
 
イメージ 6
 イメージ 7
 
イメージ 8
 で、まあ梅林の中は激坂が続くので走ったり撮ったりと割とのんびり。
 
←今回の自分の中でのベストショット♪
イメージ 9
 
いや~、ここまでして頂けるとは。
オール○ポーツ並み?
梅林を下山して梅林の中にいるハズのyacyuさんを待つことに。
 
 つ づ く

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